初めての病院食と朝のコーヒー

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はじめての問診

結局、病名や入院期間など何もかも分からぬままイタリアの病院に緊急入院した私は、一晩中点滴に繋がれて朝を迎えた。

すると、担当医と思われる女性のドクターと看護師達がぞろぞろと部屋に入ってきて、問診が始まった。

腹部の触診をすると明らかに強く痛む箇所があり、私は瞬時に顔を歪め「いてててて。」と言うと、彼女は“Male?(マーレ?)”と私に何かイタリア語で尋ねながら、次から次へ手を移動させて腹部を押し続けた。

問診中、余りに何回も出てくる謎の単語「male」に対し、私はその単語の意味が分からず、何とも不思議そうな表情で“Male?”と聞き返すと、彼女は急に眉間に皺をグッと寄せて、苦しそうな表情でお腹を抑えながら再び“Male!!”と言いながら、私に表情とジェスチャーを使って単語の意味を教えてくれた。

私はその時に初めて「male」がイタリア語で「痛い」を意味するということを知り、その後の問診はこの新単語「male」を習得したおかげでコミュニケーションが非常にスムーズになった。

そして、次に彼女は私に今までの経緯を確認し、ここ数週間で何を食べたのか、どんな薬を服用したのかを訪ねてきた。

もちろん、ここ数週間で食べたものを全て記憶している訳もなく、とりあえず思い出せる範囲で彼女に伝えると、彼女は続けて「イタリアに来る前に、日本で最近生のシーフードは食べた?お寿司とかも食べた?」と訪ねてきた。

正直、イタリアとは違い日本で生の海鮮を食べることが余りに日常的なこと過ぎて、特別な記憶として残っていなかった私は、「はっきりと何を食べたのかは覚えていないけど、食べたかもしれない。」とだけ答え、持ち合わせていた常備薬を彼女らに見せた。

全て日本語で表記された薬を物珍しそうに彼女らは見つめ、それぞれの薬が漢方の胃薬と鎮痛剤のイブプロフェンであることを話すと、彼女はイブプロフェンを指差して「これはどれくらい飲んでる?」と訪ねてきた。

「私は小学校の頃からずっと頭痛持ちで、それ以来今でもよく飲み続けているよ。」と言うと、彼女は真剣な顔をして「この薬は、長い期間継続して頻繁に飲むべきではないから、一旦飲むのをやめてね。」と言ってカルテに何かを書き込んで問診は終わった。

日本ではそこまで問題のある薬とはされていない市販薬のイブプロフェンも、国が変わるとその扱いも変わるようで、特に黄疸が出ているような状態の今の私にとって、肝臓に負担のかかる解熱鎮痛剤は決して安全なものではないという事を初めて知った。

初めての病院食は白かった

ここ数日間、絶食を宣告され点滴だけで生き延びていた私の身体はどんどんと細く一反木綿のようになっていたのだが、胃が空っぽの状態で撮らなければならないレントゲンが終わると、「流石にお腹空いたでしょ?しっかり食べて!」と、遂に初めての病院食が私の前に運ばれた。

全体的に白くドロドロした、まるで離乳食のような謎の食べ物が出てきた瞬間、決して美味しそうだとは思えなかったが、余りの空腹に私は急いでスプーンを手にして口に運んでみた。

右のスライムは、日本でいうお粥のような舌触りで味はほどんどしなかったが、パスタをすり潰したような香りで、材料はどうやらお米ではなく小麦系の何かのようだった。

イタリアは日本とは違って主食は米ではなくパンや小麦なので、イタリア版のお粥という認識で間違いないだろう。そして、予想通りに不味い。

そして左のスライムはかなり緩く仕上がったマッシュポテトだった。

健常者にとってはこのマッシュポテトでさえ不味くて食べられたものではないだろうが、当時、飢餓状態の私にとっては、ほんの少し塩味のするこの生暖かいマッシュポテトは、先ほどの小麦系スライムよりジャガイモの味と香りがするだけまだマシな方だった。

「次こそはまともな味を!」と期待しながら、緑色のカップに入ったものを、何故か視覚的な錯覚で絶対にヨーグルトだろうと思い込み、蓋に書かれた表記を何も確認せず急いで開けて食べてみると、それはなんの味もしないリコッタチーズであった。

味に絶対的安定感のあるヨーグルトだと思っていたものが、無味無臭のリコッタチーズだったというあまりの衝撃に一瞬咳き込んだ私は、勢いで口に含んでしまったリコッタチースを一旦頰へと避難させ、自分の余りに軽率な判断と行為を反省したと同時に、リコッタチーズはそもそも単品で食べて素材の味を楽しむものではなく、最低限塩胡椒やオリーブオイル、蜂蜜などがある状態で初めて“美味しいリコッタチーズ”が成立するものだと私は身をもって感じた。

結局私はすぐに飲み込むことが出来ず、先ほどから頰で待機させていたリコッタチーズを、残っていた僅かな水と一緒にぐいっと飲み込んで、「申し訳ない…。」と言って、大量に残ったチーズにそっと蓋をした。

私は、こんな飢餓状態でも不味ければ食べずに残してしまうという自分に、サバイバル精神の低さと甘さを感じた。

そして、最後に残されたりんごのイラストが書かれたカップはりんごを100%使用したフルーツピューレだった。

ドロドロのスライムと味のしないモソモソとした固形物の後だったと言うこともあり、本当にこれだけは想像以上にとても美味しく、これを最後に残しておいて本当に良かったと感じたし、何ならこのピューレ5個の方がむしろ少しでも長く生き延びれるような気がした。

イタリア人のおばあちゃん

入院生活を経験したことがある方ならご理解頂けるかもしれないが、入院している時の唯一の楽しみは「ご飯」である。

異国の地での入院が故に日本の親しい友人がお見舞いに来てくれる訳もなく、当時Wi-Fiなんてものは勿論無いので、パソコンや携帯はあるもののインターネットは使えず、日々の不安から逃れる為の現実逃避用ノートパソコンは、いつしかただのソリティア専用のゲーム機と化した。

そんな詰まらない生活を送る私にとって、見知らぬ土地で現地の病院食を食べる事だけが、唯一興味深く感じる楽しい時間だったのだ。

病院に来て以来、昨晩に謎の激マズ!!スライム定食しか摘んでない私は、あっという間にすぐまた腹を空かせてしまい、夕食が終わって朝日が昇るまでの間、とにかくこの空腹を紛らわせてどうにか眠りにつく事で精一杯だった。

そして、やっと朝がきて病院の廊下がバタバタと忙しくなり、ガラガラとカートを押すような音が聞こえた。

それを聞いた私は「やっと朝ごはんだ!と嬉しくなり、どんなに不味くてもいいから一刻も早くこの空腹を充したい気持ちでいっぱいだった。

すると、イタリア人のおばあちゃんがゆっくりとカートを押して私の部屋の前へとやって来た。

患者用の沢山の病院食が積まれた大きなカートがやって来るのかと思いきや、2つのポットと紙コップだけを乗せた質素で小さなカートを押してきた。

朝に行う体温チェックか何かなのかと思いながらぼーっとしていると、カートのおばあちゃんは私を見ながら小さな紙コップを持って振り“Caffè o tè?(カッフェ オ テ?)”と私に向かって訪ねてきた。

「“カフェオテ”とは…?」と、頭がはてなマークでいっぱいになりながら首をかしげると、おばあちゃんはその後も諦めることなく、私に何度もその謎の呪文“Caffè o tè?(カッフェ オ テ?)”を繰り返し言い続けて、理解が出来ない私に対し、先ほどよりもゆっくりとした口調で何度も何度も話しかけてくれた。

スピードを遅くして話してくれる事はとても有難いのだが、ゆっくりと「カフェ・オ・テ!」と言ってくれたところで言葉の意味が理解できる訳もなく、私はとりあえず唯一聞き取り理解することのできた“カッフェ”の部分だけを試しに口にしてみた。

すると、おばあちゃんは“Caffè, caffè!!”と言いながら、私に先ほどの言葉の意味が通じたと勘違いしながらとても上機嫌になり、ニコニコしながら紙コップを手渡してくれた。

私の予想通り、紙コップにはイタリアらしいかなり濃い目のコーヒーが注がれており、彼女は小さな砂糖とプラスチックスプーン、紙ナプキンを私のテーブルに置いて笑顔で手を振った。

その後、私は先ほど頂いたコーヒーを飲みながら“きっとこれはイタリアの朝の食前酒的なもので、これからご飯が来るんだろう”とワクワクしながら朝食が来るのを待ち続けたが、それからも私の前に朝食が現れる事はなく、私は自分の朝食が忘れられてしまったのだろうかと、とても悲しんで午前中をやりすごしたのであった。