ナヴィリオ地区での新生活と体調不良

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若き日の挑戦

私が24歳の頃、東京でフリーのメイクアップアーティストとして仕事をしていた私は、突如として「海外でモデルに挑戦する」という一大決心をして一人日本を出た。

正直なところ、当時自分に対してそこまで自信があった訳ではないが、「あの時、挑戦だけでもしておけば良かった。」という、後悔の念を今後の人生に残すわけにはいかないという一心で、自分の身体と同じくらいに大きく重たいスーツケースをズルズルと引き摺り、モデルの仕事で使う営業用のアルバムだけをぎゅっと腕に抱えて、人生初のイタリアへと旅立ったのである。

それまで、オーストラリア、オランダ、オーストリア、ドイツなどへの渡航経験はあったが、どれも家族や友人と一緒に行った非常にお気楽な短期旅行で、今回の様に帰りのスケジュールもろくに決めず、たった一人で長期間見知らぬ土地に滞在し、なんの伝手もなく現地で仕事を獲得してそこで生活をしようというのは、少々無謀な挑戦だったのかもしれないが、それでも私は、持ち前の“やってみなきゃ分からない精神”を存分に発揮して、失敗を恐れる事なく海を渡った。

ナヴィリオの家と猫

約12時間半のロングフライトを終え、イタリアの北部に位置するミラノ・マルペンサ空港へと降り立った私は、地下鉄のチケット販売機でジプシーに囲まれ小銭をせがまれながらも、日本で事前にネットで下調べしていた通りに電車を乗り継ぎ、初めての見知らぬ土地ながら何ともスムーズに無事予定していた滞在先へと移動する事ができた。

今回は長期滞在という事で、ホテルではなく“Airbnb”という現地の人からお部屋を貸してもらう民泊サービスを使い、今回はイタリア人の男性の家の一部屋を借りることとなった。

見知らぬ現地の人から部屋を借りて生活をするのは少々ハードルが高いように感じられるかもしれないが、観光客としてホテルに一人で滞在するよりも、その土地のライフスタイルに合わせて現地の暮らしに溶け込むような環境に敢えて身を置くことで、いち早く現地の文化や言語などを肌で感じ学ぶ事ができるので、観光客という「他所者」ではない時間の過ごし方をしたい人にはとてもおすすめのサービスだ。

そして、今回私がAirbnbを通じて予約した宿は、ミラノの南部に位置するナヴィリオ地区の地下鉄“Porta Genova-ポルタジェノバ駅”から徒歩5分に位置する非常にクラシックな石造りのアパートで、夕暮れ時の絶景が楽しめることで有名なナヴィリオ運河もすぐ目の前だった。

そんなロマンティックな雰囲気を楽しみながらあっという間に宿に到着し、随分と年季の入ったインターホンをジーッと鳴らすと、イタリア人の家主が暖かく出迎えてくれて、日本からの大きな荷物を家に運んだ後、彼は私に広い家の部屋を一つずつ丁寧に案内し、暖かいお茶を淹れてくれた。

すると、家主の足元には黄色い目をした可愛らしい猫がちょこんと静かに座っていた。

その猫は“gatto(ガット)”という名前らしく、その名前にどんな意味があるのかと家主に聞くと、彼は「イタリア語で、猫は“gatto”と言うんだよ。」と、なんともシンプルな回答が返ってきた。

そして、この“gatto”という言葉が、私がイタリアに渡って初めて覚えたイタリア語だった。

突如襲う身体の異変

イタリア出発の準備で多忙なスケジュールをこなし日本を出発した私は、積もり積もった疲労とモデルになる為の終わりのない減量生活でかなり免疫力が低下していた。

一先ずイタリアに無事到着したという安堵感で、長く張り詰めていた緊張の糸がここへ来て切れてしまったのか、なんだかずっと体調が振るわなかった私は、慣れない地での生活への不安もあるし、今は多少体調が優れなくても、数日様子を見れば自然と治るだろうと楽観的に考えていたのだが、これが後に大事件と発展するのである。

最初は軽い頭痛だろうと思い、日本から持参した常備薬のイブ錠を飲んでみるものの一向に効く気配はなく、私の体調は良くなるどころか日に日に悪化し、熱が上がって食欲は一切無くなってしまった。消える事のない全身の筋肉痛や強い怠さは、今までで全く体験した事のないものだった。

そして、せっかくイタリアまで来たのにも関わらず、ベットから全く動けず一切食べ物を口にしなくなった元気のない私に対し、イタリア人の家主はとても心配した様子だった。

次の日の朝、ベッドから立ち上がりキッチンへ行くと、既に仕事へ出かけた家主からの置き手紙がテーブルに置かれていた。

決して得意ではないであろう英語を使ってかなり達筆に書いてくれたので、内容を解読するのに少々時間はかかったが、とにかく「必要なものや助けられることがあればいつでも気軽に相談してくれ」という愛情のこもった手紙であることは明白だった。

そして、具合が悪くてもなるべく口にしやすいものをと私を気遣い、手紙の横にはバスケット一杯のみかんや梨、りんごなどのフルーツが置いてあった。

ろくに食事も取れず栄養も水分も足りていなかった私にとって、そのフルーツはものすごく貴重な栄養源となり、あっという間にからっからに乾いた喉と身体を潤してくれた。

しかし、それでもなかなか栄養分のある固形物を口に出来ない私は、とにかく最低限人間の身体に必要な塩分が入った点滴のような水分だけは欠かすまいと、ネットで見つけた手作り経口補水液のレシピを見ながらキッチンに立った。

レシピ通りに、塩と砂糖と水というシンプルな材料を混ぜるだけの簡単なものではあるのだが、試しに飲んでみると、これがまたとんでもなく不味く飲めたものではないのである。

脱水症状を免れる為に作った手作り経口補水液は、あまりの不味さにその後も私の喉を通って身体を潤すことはなく、コップに入ったまま一切減ることはなかった。

私は、こういったいざという時の為にポカリスエットの粉末を持参しなかった事をひたすら悔やんだ。