ギムレットを飲むには早過ぎる【中】

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ギムレットを飲むには早過ぎる【上】

御察しの通り、私は今自分に迫っているヒゲ問題をどうにかせねばと思う反面、何かにつけていちゃもんを付けて異性との出会いを避けるぐうたら女である。

前回登場した男性に関しては、最終的に逃げるようにして何とか言い繕いデートをキャンセル。

リスケの連絡が来てはいるが、案の定未読スルーの冷戦状態だ。

「どうか…どうかお察しください。」と日々願いながら、最早岩のように固まって微動だにしない私の心と身体は、もう代官山に向かう事はないのである。

豪華すぎる付録

「やっと会ってくれるんだね!すごく嬉しいよ!!」と、今までのどんよりと暗く重苦しい呪いの様な雰囲気は途端に消え去り、一気に南イタリア出身ならではの陽気で明るい空気に包まれた。

そんな春の天気のように気分が目まぐるしく変わり、様々な感情をブチまける彼に対し、“人生一回。これも何かのご縁だろう。”と私はこの現状をゆっくりと受け入れたのである。

そして、彼は続けて待ち合わせの場所と時間を私に告げた。

「22時半に○○○ホテルのバーで会おう。」

………………。

おい。セックスが目的なのが露骨過ぎやしねぇぇえかぁぁああ!?

私のオリジナル恋愛辞典によると、“夜遅くから会う + ホテルのバー = セックス”は如何なるケースでも、最早方程式化されているのである。

誰が初めて二人きりで会う男と会う為に、夜の22時半にのこのことホテルのバーに行くんだろうか。

普段であれば、そろそろ寝支度でも始めようかという時間帯だ。

私は、今回一体何度目だろうという「急性デートに行くの面倒くさい症候群」を再び患いながら、自分が随分安く見られたものだと落胆し、彼にこう告げた。

「申し訳ないけど、私はbooty callには応えられないな。そういう相手が欲しいなら、違う女性を見つけた方がいいよ。」
※booty callとはセックスを目的に連絡すること

すると彼は、

「そんなんじゃないよ!」

「僕は君に会いたいだけ!一緒に過ごしたいだけなんだ!」

「君が望まないなら絶対に手は出さない!」

と焦ったように答えたが、私は「大概の男はそうやって言うもんだよなぁ。」と思いながら、断る理由を丁寧に話した。

「その気持ちはすごく嬉しいんだけど、せっかく初めて二人で会うというのに22時半から会うっていうのは女性として抵抗を感じちゃうな。」

「“一夜限りの付き合い”を持った後ってさ、なんか自分に対して罪悪感を感じちゃうのよ。もうティーン(10代)じゃないから、何も考えずそういう事に勢いで飛び込んだり出来ないわけよ。」

この状況で、なぜ自分が気乗りがしないのかというこの複雑に絡み合い散らかった感情を、冷静に、そして丁寧に拾い集め言葉に纏めて男性に伝える事ができてしまうということが、自分がすっかり「大人」になってしまったんだという現実を味わせた。

そして彼は、そんな私の気持ちを受け止めた後、ゆっくりとまた話し始めた。

「わかったよ。」

「でも、俺という一人の男を信じて欲しいんだ。」

「俺はそんな軽はずみな男ではない。」

「信じてほしい。」

「ただ、一晩そばに居てくれれば良いんだ。」

「そして、願わくば一緒にお風呂に入ってくれれば俺はそれで十分なんだ!」

………………。

いや、最後のおまけのパンチ力半端ねぇぇぇえなぁぁあああ!!

なんか“ついでに”的な言い方をしてるが、序盤に見せる誠実さはただの前菜的なものに過ぎず、先程どさくさにまぎれてフィナーレを飾ったご要望が、お口直しどころかむしろメインディッシュなのである。

なんだか、主役であるはずの雑誌や映画よりも圧倒的に付録や特典映像の存在感が勝ってしまうあの状況にどこか似ている。

そして彼は、「お願いだ。お風呂に一緒に入ってくれるだけでいいんだ!」と混浴を心から渇望し、私に念を押すかのように手を合わせ合掌する絵文字を送ってきたのである。

あぁ、なんて便利で罪深き絵文字なんだろうか。

これほど、この合掌絵文字を衝撃的且つ印象的に使いこなす男は、後にも先にもこの男しかいないだろう。

しかし、バカげているようだが、私はそういった「男の欲望」たるものを私に素直に事前に伝え確認し、私がNOという事は一切しないと必死に誓うイタリア親父に、何故かあまり嫌な気がしなかった。

そして、私は遂にハイリスクノーリターンの可能性しかないであろう大博打に飛び込む覚悟を決めたのである。

“何かあったら、強くNOを言って話し合えばいい。”と、男性から浴びせられる甘い言葉やムードに流される事なく、どんな状況であろうと正しい判断をし、自分の心と身は自分で守る事が出来るようになったのはいつからだったろう。

こうして私は、「急性デートに行くの面倒くさい症候群」を押し殺し、まるでこれから戦場にでも行くかの様な硬く険しい表情で、久しぶりの“女としての夜”への装いを整えた。

クローゼットで長い眠りについていたAubadeをお気に入りのブラックドレスの内側に隠し、つま先にラインストーンが輝く一番大切なパンプスに飾られた私は、ふんわりと甘い香りを身体に纏い、肌寒くも華やかな夜の街へと繰り出して、足早に約束の場所へと向かうのである。